本の話① 入院患者は電子書籍の夢を見るか(見ねぇよ)

 今年は1月の正月明けに郷里から名古屋に戻ってきたとたんに腰を痛めてしまい、新年早々入院してしまった。 椎間板ヘルニアだった。入院するのは初めてではなかったものの、 これまでは大腸ポリープの摘出手術でいいとこ3日ぐらいだったけど、今回は結局2週間以上入院する羽目になった。
 入院なんかしていると退屈だから本がたくさん読める、 と思う人がいるかもしれない。僕も実はそう思っていた。
 しかし、椎間板ヘルニアというのは、とにかく痛いのである。
 食後に薬を飲むと少しはラクになるけど、ちょっと動くと痛い、 動かなくても痛いので、 朝昼夜問わず我慢できないとナースコールを押していた。トイレに行くのもトイレから出るのも大変で、 何度もトイレからナースコールを押したものだ。 あれは情けないものがあったけど、 カッコなんかつけてられなかった。
 そんな風に四六時中痛いから、とにかく集中力が続かない。 だから、本を読もうにも集中して読めないし、 映画も2時間集中できないから観たいと思っても観ることができなかった。テレビはボーッと観てるからいいとして( ちょうど相撲の正月場所がやってたので毎日観ていた)、 あとはネットフリックスで「孤独のグルメ」や「 お父さんと呼ばせて」を観てたり、ラジオをよく聴いていた。 音楽を聴きたいという気持ちにもならなかったので、 FMよりはAM、 主にラジコでNHKTBSラジオを聞いていた。
 しかし、 入院2週間目の中盤ともなると当初と比べるとだいぶよくなったの で、毎日院内にあるファミマへ、歩行器使いながら行って、 新聞買って読んだり、「週刊文春」を買って読んだりもした。 家から唯一持ってきた本は、年末に古本屋で買った横山秀夫の「 64(ロクヨン)」上下巻で、それを仰向けになって読んでいた( 仰向けの体制がいちばんラクだった)。上下巻だし、 読み終わる頃には退院しているだろうと甘い予測をしていたけど、 世の中そんなに甘くなかった。「64(ロクヨン)」 は最初の方はあまりストーリーが入らず、 とっつきにくい話だなと思ったけど、 下巻からは話が怒濤の展開になって、 読み終わるまであっという間であった。
 そんなわけで、 唯一持ってきた本を読んでしまったので読む本がなくなってしまった。こういう場合、家人がいない独身生活は不自由だ。とはいえ、 会社に電話して部下に本買ってきてくれ、 と頼むのも下手すりゃパワハラになるのでやめた( 結局後日見舞いに来てくれる時に、 読みたい本と雑誌を頼んで買ってきてもらったけど)。 院内のファミマにも文庫本が置いてあるけど、 読みたいものではなく、さてどうしようかなと思った時、 そうだキンドルがあるじゃないか、と気がついた。
 とはいえ、別にキンドルの存在を忘れていたわけではなく、 唐突に思い出したわけではなかった。 要するに電子書籍で本を読むという行為に抵抗があったわけだ。 どうも今どきは電子書籍なんてぇものがありますけど、 本なんてぇものは手に持った時の触感やら1枚1枚ページをめくるのがいいんでして、スマホタブレットの画面で読んだりするってのは、 どうもあたしは読んだ気がしないもんでして、 とついつい三遊亭円生みたいな口調になってしまうけど( 落語聞かない人にはよくわかんないだろうな)、 電子書籍で本を読むことに抵抗があったし、 自分には縁がないものと思っていた。
 しかしだ。そうは言いつつも、 本が読めない状況は耐えられないので、仕方なく、 まさに断腸の思いで電子書籍を購入することにした。 キンドルをチェックして、何を読もうかとあれこれ悩み、 挙げ句選んだのが、エラリークイーンの「災厄の町」だった。 なんでエラリークイーンを選んだなのかよくわからないけど、 オーソドックスな翻訳ミステリを読みたい気分だったのかもしれな い。入院してるんだし、 もうちょっと陽気な話にすりゃよかったと思わないでもなかったけ ど。
 ということで、スマホで本を読むなんてさぁ、 と当初思っていたけど、結論から言えばとても読みやすかった。 文字が小さければ拡大できるし、 当たり前だけど持ってて疲れることはないし、 夜中消灯時間過ぎてから読んでいても画面は明るく見やすいし、 これはこれで便利なシロモノだと見直し、 今まで敬遠していてすみません、と頭を下げる思いだった。 本自体も面白かった(クイーンはけっこう陰惨な話が多いけど、 これはそうでもなかった)。

 以来、キンドルをよく利用しているかと言うと、 そんなことはない。雑誌を買うぐらいだ。 海外へ2週間旅行に行くとか(まずないけど)、 実家に帰って読む本読み尽くして、 本屋に行ってもロクに読みたい本がないとか(これは多々ある)、 という時でも安心できる。だけど、 名古屋みたいな都市で暮らしていて、 本屋に行けば読みたいと思う本がたくさんある、 揃えの良い古本屋もある、という状況であるなら、 電子書籍が活躍する機会はなかなか訪れないと言っていいだろう。 入院でもしなきゃね。